快療法の里ウリウ

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症例集

癌は私の生き方の軌道修正をしてくれた救世主

投稿日:2017年1月27日 更新日:

K.Kさん

私は3年前に乳癌の肺・骨転移が見つかり、さらに半年後には最初のとは別の種類の癌が新しくできていることがわかりました。この4月に、新しくできた乳癌がエコー検査の結果消えていたことがわかりましたので、これまでの経緯をまとめてみました。

肺・骨転移がわかった段階で、主治医からは「これはもう治りません。長期的な延命と考えて治療にあたりましょう。」と話がありました。主治医はできるかぎり励ましてくださったのだとわかりましたが、治らないということに納得のいかなかった私は、治る可能性を求めて情報を収集しました。主治医のもとで西洋医学の治療を受けながら、ピンときた食事療法・おてあて・心の内面を見つめる作業を並行して行ってきました。

中でも私にとって大きな転機になったことは、小西先生の紹介で、セラピストであり東海ホリスティック医学振興会顧問でもある岡部明美さんに出会ったことでした。明美さんのワークショップやカウンセラー・セラピスト講座を受講し、本腰を入れて自分自身の内面の課題に取り組んでいく中でわかってきたことがありました。それは、私は父親に対してものすごい怒りを持っていながら怒りを感じないように蓋をしてきたということでした。

不安定になるとすぐに暴れる父を見て育った私は、怒りを抑圧することで父とは違った生き方をしようとしていたのでした。内面を見つめていく過程で、怒りの奥にじつはまだ隠れていた感情があったことにも気づきました。それは、恐怖・そして父を好きだという感情でした。私は、父のことがただただ怖かったのです。そして、ほんの少しではあるけれど好きだったのです。

でも、幼い頃から日常的に繰り返される危険な行為に収拾をつけるためには、怖いと感じていては身動きがとれなくなり命の危険が迫ってくるのです。まして、好きだと感じていたら、目の前で起こっている状態に困惑するばかりで何もできなくなってしまいます。

幼い私は、自分を生き延びさせるためにそして母や弟妹を守るために恐怖や好意の感情に蓋をし、怒りというエネルギーに変えて再び蓋をし、エネルギーだけを取り出して事態を収束させるよう動く癖がついていたのでした。

内側に大きな怒りを抱えながら、外に直接出さないように蓋をするために、私は常に体全体が緊張状態でした。呼吸も浅く、脱力できない体の癖を持ったまま生きてきたのですから、病気になるのは無理もありません。
このような大きな気づきが起きる中で、私の体は徐々に緩むことを覚えてきました。

体が随分緩んできた昨年の12月に、東京は神楽坂にあるウリウ治療室にご縁を頂きました。こちらでは、私にあった食事やおてあての方法を、体の反応を診て指導してくれます。ここではじめて、今まで食べてきた玄米が私には合わず、分づき米に押し麦を混ぜたものが最適だとわかりました。

確かに、玄米は一口百回噛んでもなんとなくおなかの調子がすぐれず、噛み方が悪いのか、はたまた炊き方が悪いのかとずっと思っていました。おなかの調子は、体に合わないことを教えてくれていたのだと、このときはじめて気づきました。

これはお手当にも言えることです。体が温まってよいとされていた琵琶の葉温灸も今の私の体には合わないことがわかったのです。玄米のときと同じく、あまり温かくなったと感じないまま自分のやり方が悪いから効かないのかなあと試行錯誤してきたのですが、琵琶の葉そのものが合わないと分かったことで、自分の体感は間違っていなかったのだとわかりました。

本やテレビの知識から一般的に言われている食事療法を行ってきたわけですが、単純にこれはいい・悪いというものではなく、自分にとって何が合っているのかを見極めていくことがいかに大切かを知りました。

また、瓜生先生から、イソプロピルアルコールと吸虫を除去することの大切さも教えていただきました。さっそくシャンプーや化粧品を見直すとともに、吸虫を駆除するためのお茶も飲み始めました。お茶といっても、特別高価なお茶ではありません。黒炒り玄米茶をベースに必要なハーブなどを調べていただいて飲みはじめました。お茶は毎日飲むものですので、サプリメントのように飲み忘れるということもなくとてもスムーズに取り入れることが出来ました。

このような生活を続け、自分でも、最近体調がよくなってきたなあと感じていたところ、新しい乳癌は消えていることがわかりました。じつは、新しい癌ができてから分子標的薬の投与が始まりましたが、最初の半年ぐらいで半分ぐらいの大きさになってからは大きな変化はありませんでした。それがここへきて一気に消えていったのですからびっくりです。分子標的薬という西洋医学の面からのアプローチと、食事・おてあて・心の問題への取り組み、このすべてが今の私の状態につながっていると思います。

ここまで来るには大きな挫折もありました。新しい乳癌ができたとき、それまでにすでに食事やおてあて、心を見つめる作業をしていた私は、それなのになぜまた新しい癌が出来てしまったのだろうと大きなショックをうけました。そのとき小西先生に相談にのっていただいたところ、主治医と同じ西洋医学の用語を使いながら、むしろこのことを転機として人生の次の展開がはじまるのではないかという広い視野からの見解をいただきました。

「ピンチはチャンス」という言葉が浮かびました。

まだあまり症例のない転移・再発癌の治癒に向かっていく過程では、ときに自分の生命力や進む方向性に自信が持てなくなることがあります。そんなときに、ホリスティックなものの見方で関わってくださる方の存在はとても大きなものでした。でも、最後の最後は自分自身の心や体の感覚を信じること、これにつきると思います。心や体の少しの変化に気づき向き合っていくことで、食べ物から人間関係に至るまで、少しずつですが自分に合った形が自然とわかってくるように思います。

はじめは、「治る」ことを目標にさまざまなことをしてきたわけですが、いつの間にか自分らしく気持ちよく生きることが目標になりました。意識が変わることで以前に比べてずいぶん楽に生きられるようになってきました。自分に合った食事やおてあてをすることで体が喜んでいるのを感じます。

自分らしく気持ちよく生きられるようになったら、おまけのように癌が消えていったような気がします。癌のおかげで私はこんなに自然体でいきられるようになりました。まだあるのかもしれない肺・骨転移も、私がほんとうの私らしく生きられるようになったら、安心して解けてなくなっていくのかもしれません。癌は私の生き方の軌道修正をしてくれた救世主のように感じています。癌ちゃんと、これまでにであってくれた大切な皆さんに感謝申し上げます。

(2012)

治療室より

終わりの方の~はじめは、「治る」ことを目標にさまざまなことをしてきたわけですが、~と続く以降の文章は、私たちの提案している快医学が目指しているものであり、これからもますます気持ちの良い方向に心と体を向けていきましょう。

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