快療法の里ウリウ

いのちの神様がくれた自然治癒力を最大限に引き出す

症例集

五年後の快医学と私

投稿日:2017年1月27日 更新日:

絵・なりたしおり

H.Mさん

 5年後の快医学と私のことを述べる前に、私自身と快医学の関わりを見つめ直してみたいと思います。10年前の1月27日、乳ガンで全摘手術と言われた日のことを昨日のことのように思い出します。その頃の私は大きなお祭りを主催して、頑張りすぎ、忙しすぎ、気の使いすぎ、人間関係の過度のストレスから、神様私を病気にしてくださいとお願いしていたので、お祭り直後にシコリを見つけ、即全摘手術を言われた時には、「ああ、やっぱり。」と思いました。それと同時に「このまま死んでしまうのはイヤ。神様助けて。」と叫んでいた。自分で望んで創った病気なのに悲劇のヒロインになっている自分を、「なんてバカな私」と空から見て大笑いしているもう一人の自分がいる。その時私は、自分の魂は絶対に死なないという不思議な確信と共に、「神様ごめんなさい。やっぱり私は逝きたいです。自分で創った病気だから自分で治します。」と決心しました。原因あっての結果なのだから原因を改めれば治るはず、とすぐ思えたのは、長年の瞑想や、心のストレスを開放するセラピーを仕事にしてきたおかげと思って感謝しています。

ガンと告知されて家族以外に一番最初に電話したのは快医学の瓜生先生です。「ガンになったらチャンスと思いんさい。あんたはガンより心配症を治しんさい。」と言ってくれました。絶望にどん底で人に救いをさしのべることができる医者は数少ないし、励ましや救いの言葉をかけられる人も殆どいません。私はガンになったおかげで快医学という素晴らしい手法や仲間達に出会えた。そんな快医学を自分でも学び、困ってる人達を励まして助けてあげられる自分になりたいと思うようになったのも、私の中のいのちの神様の声に導かれていたのだと思います。

10年間の私の歩みは病気を通して養生の精神を培い、どうやって病気を創ってきたのかメカニズムを理解し自分の古いパターンをよく見て、今度はどうやって自分を癒やしていけばいいのかを伝えていく、自分を癒やし人を癒やし地球を癒やし、宇宙に報恩感謝、ご恩返しをしていくための旅でした。

5年後の快医学がどうなっているかと想像するとワクワクします。きっとますます一般社会に浸透し、お医者さんとも提携して福島や被災地支援にも積極的に取り入れられ、その有効性が科学的にもどんどん認められるようになっています。そして日本各地に快医学を中心とした癒しの保養所ができ、放射能の被曝に苦しむ人たちの救いの神のような存在になっています。5年後の私自身も病気は完全に克服し、自然の豊かな気持ちの良い土地に、快医学を中心としたセラピーや瞑想もでき、放射能の害も除去できるような保養所兼健康道場みたいなスペースを創り、どうやってガンを治してきたのかの本も出版し講演会も各地でやり、音楽やアートも楽しみながらたくさんの仲間達や家族と助け合いながら、多くの人達を助け愛と平和qの内に共生する、豊かで楽しいく健康な新しい地球と共にいます。

小児科の医者である兄が快医学に興味をもってくれてるので、5年後には岩国地方でも快医学を医療現場に取り入れた病院が開設されているというのが私の夢でもあります。西洋医学と東洋医学が助け合い補いあって、宇宙といのちの法則に則った病院が次々と生まれています。私は既に快医学の入門講座や総合講座も教えられるようになっていてたくさんの人が訪れてくれ、日本中(世界中)飛び回って快医学を教えています。快医学が人類の遺産になるという瓜生先生のでっかな夢はたくさんの仲間達によって実現されていってます。そんな5年後の自分になれるよう、日々楽しく感謝しながら、思いきりやりたいことをやりながら、学びを深めていくつもりです。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

(2012)




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