快療法の里ウリウ

いのちの神様がくれた自然治癒力を最大限に引き出す

症例集

膀胱ガン第3期を克服

投稿日:2017年1月27日 更新日:

M.Kさん(60才・主婦)

医者はもちろん家族や兄姉たちがこぞって入院手術をすすめるなか、以前から自然療法に親しみ、生命の快法則のすばらしさを信じる長女の案内で、初めて快医学の里研修センターを訪ね たのは96年4月25日であった。

幸いにもお目にかかれたウリウ先生は、漂とした雰囲気と深いまなざしをともなった柔かな口調で、不安いっばいの私の心をやさしく受け止めて下さり婿しかった。

前年の3月末から寝たきりとなった母 (姑)の介護に専念していたが、秋の始め頃から疲れがひどくなり、すべてから解放されて思いきり休みたいという思いが日増しに強く突き上がってくるのだった。今思えばそれは生命の警鐘だったのだろう。

そんななか長男と長女の結婚話がほぼ同時に進み、4月と7月に相継いで結婚することとなり、喜びのうちにも忙しさは募るばかりであった。

気がつくと、以前に町の健康診断で指摘されていた潜血反応が目にもわかるようになっていた。少しずつ尿の色が濃くなり、96年3月末にはワインのような尿が毎回出るに及んで、かかりつけの医者に診てもらった。結果は予期した通り「要精検」、紹介された病院で数回受診、4月22日 「膀胱癌3期」の診断を受けた。即刻入院手術の手続きをするよう言い渡され、入院日は連休明けの5月10日と決まった。

癌告知に対しては、まさか自分が…とは思ったが動揺は少なく、何としても乗り切ろうという気持ちであった。お念仏を究極の拠り所として生きる人生を恵まれていたことと、ウリウ先生の著書『快医学』を長女にもらって少し前から読み、大いに感銘共感するところがあったことが私の支えであった。

取り敢えず入院予定日までの半月間、指示されたことをできるだけ実践することに努めた。先ず目覚めると飲尿、コップ一杯にプロポリス15満を入れて飲む。食事は「甲田式生菜食」による もので、朝は青汁とニンジン汁のみ、昼と夜は生玄米粉70〜100g、これに豆腐半丁、野菜の精進煮、海藻類少々を加えてもよいが、砂糖、肉、卵、牛乳及びそれらを使った食品は不可、そして一口100回以上噛むことという大変な努力と時間を要するものであった。加えて、よもぎと蛇舌草による活生器、操体、ビワ葉湿布、半身浴、バイオノーマライザーのボンビング療法などを実践した。

中でも活生器は重くて煙も調子よく出てくれず困った。飲尿もプロポリスの匂いも苦手だった。小鳥の餌みたいな食事は、「これおいしいね。」と共感しあえないので、家族にも気を遣わせて申し訳ないやら味気ないやら・・・。でも少しずつ慣れ、食材の本来の甘味やおいしさに感動し、今まで本物の味を知らずに過食していたことに気づかされた。

2回目に訪ねたのは入院直前であった。まだ手術は出来ることなら避けたいという気持ちであったが、先生の「手術もまあいいじやないですか、そのあと快医学を実践すれば…」との一言で心 を決めた。それなら、心底から私の身を案じてくれるみんなの真心にも添えるし、私と娘の思いも生かされる最高の方法だ。治療室からの帰途、身体はふらふらなのに心は落ち着いていた。

5月10日から1ケ月入院、幸いにも5月14日の手術では辛うじて膀胱を摘出せずに済んだ。術後の経過は順調であった。5月末から週1回のペースで抗ガン剤の大量注入。4回目からは通院し、これといった副作用もなく6回を終了。退院までの期間を利用して、以前から気がかりだった右足首と母指裏の膿疱(らしきもの)の簡単な切除手術をした。ところが、容易に腫れと痛みがひかず、弱った身体に安易にメスを入れる怖さを思い知る結果となった。根気よく活生器などの手当てを続けてきたが、術後1年8ケ月経った今に至ってもしびれが残っている。

退院から半月後の3回目は、全身的にLET反応は好ましくなかった。しかし、先生やスタッフの皆さんに励まされ元気づけられた。

4回目からプロポリスに変わってコーボンを飲み始めた。これを加えることで青汁、ニンジン汁がおいしく飲めるようになった。料理用も注文して天然酵母パン、魏味噌漬け、煮物などにも使っている。この頃から主食も玄米ご飯でよいといわれてとても嬉しかった。

5回目からアイロンも併用するようになった。これは身体は勿論気持ちまでふんわりと暖かくなるので大好きである。糾励根は面倒な上に最初冷たいし、汚れるのであまり気が進まない。ビワ葉とこんにゃくの温湿布は胸腺、肝、腎、膀胱などの他に胃などにもよくした。

翌97年になってもせっせと通った。ウリウ治療室は遠くて大変だったが、先生や娘夫婦に会える楽しみもあり、スタッフの皆さんからもいろんなことを学んだ。特急ひかり号でいただく持参の弁当は、いつも小豆入り玄米おにぎりに五目豆や根菜類の煮物、高野豆 腐のムニエル風、自家製梅干し等に薬草茶という献立であった。

7回目からサンテサンとアクアトンの服用を指示された。月1回のソフト断食も勧められ、早速翌日から1週間実行した。青汁、ニンジン汁のみ、我慢できないときは玄米せんべいなど2〜3枚食べた。空腹感は思ったより耐えられたものの、咳と痰が激しくて、充分眠れない日が続き、39kgまで減り衰弱した。手術後1年も経つのにこんなことではという焦りもあり、この頃が心身ともにかなり苦しかった。

断食から1ケ月後の10回目のLETの結果、「よくなった。癌反応もごく一部に限られている」と言われた。それから2ヶ月半後の11回目にやっと「全身どこにも癌反応なし」といってもらえてどんなにうれしかったことか。

現在、体重もようやく45kgまで戻り、みんなに元気になったと言われようになった。気の緩みから活生器、操体などは怠りがちで、時々違反食もするが、概ね基本食と飲尿と半身浴は続けている。

ウリウ先生の言われるような、自分なりの健康維持法を生理的生活リズムにまで1日も早く定着させたい。そうすることで、心配と迷惑をかけた多くの人達に、何かの形で少しでもお返しが出来るような生き方が出来たらいいなと願っている。

これからの日々を感動・感謝・共感 をキーワードに生きていきたい。

《ウリウからの経過報告》
M.Kさんの初診は96年4月25日。

勝脱ガンの第3期と診断され、5月中旬に手術を予約している。長女の結婚式が3日後にある。長男の結婚式が7月にあり、姉(脳梗塞で寝たきり) の世話もしなければならない、とのことでガンとの闘いに全力をあげる状態ではなく、どうしたものかと思案した。
初診時のLETは、下腹部に発ガンウィルスのHTLVI、全身に腫瘍マーカーの反応があり、勝脱と胆のうにガンの組織標本が反応していた。

いつも思うことだが、ガンは局所の問題だけではなく、全身症状だということだ。それを手術をして事たれりとしている、現在の近代医学のやり方では、救えるはずがないではないか。

児島さんの総力戦ーもちろんこの場合、究極のより所のお念仏や、近代医学の内視鏡によるポリープ切除(わずか2週間たらずで内視鏡手術に持っていけたのも凄い)も含むがーは見事功を奏した。これからも注意を怠りなく、快法則に沿って納得のいく快生活を、お願いする。

「生命の神よありがとう」1998年(快医学の里研修センター発行)より

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