快療法の里ウリウ

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症例集

3ケ月の命といわれた肉腫

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L・Bさん (34才・元教師)

この症例記録は、L・Bさんというガーナ人の女性で、ガーナに13才と10才の男の子と、8才の女の子を置いて、夫と2人で日本に出稼ぎに来ている方のものだ。
ほんとは彼女に手記を書いてもらって、それを翻訳する手はずだったが、書く時間がないとのことで、カルテからの経過とインタビューで、私(ウリウ)が構成して、本人の了解をとったものだ。

ウリウ治療室の初診は、93年6月10日。92年10月に、左大腿上部に大きな腫癌ができて医師に診せたところ、即手術をしろと言われたが、お金がなくて(この人たちには健康保険が適用されず、莫大なお金が必要だ)放っておいた。

93年の3月に腫れはさらに大きくなって、日本人の知り合いに、六本木のキリスト教系のS病院を紹介され検査をしたところ、肉腫と診断され、手術をしなければ、3ケ月で死んでしまう宣告された。
そしてお金がなければ、ガーナへ帰って病院に行くようにと言われたが、帰るわけにもいかず、困りに困っていた。
国連大学につとめるガーナ人から、ダニエル・バブウさんを紹介され、彼のおかげで、ウリウ治療室にたどりつくことができた。(注 ダニエル・バブウさんは、ウリウのもとで8年ほど快医学の研修を積み、今では立派な快医学師として、困っている外国人の健康相談に当っている。自分の手にあまる難病の人は、私のところへ連れて来る。職業は、アフリカ音楽やレゲエなどを日本に紹介する音楽ディレクターだ)

リリアさんの初診時のカルテを見ると、左大腿部の肉腫による足の痛みと、脊中と腰の痛みを訴えている。ライフ・エネルギー・テスト(以下 LET)の判定では、全身にサイトメガロウイルス (へルペスウイルスの一種で、発ガン性ウイルスでもあるようだ)が反応している。病理写真の「胞巣状軟部肉腫」というものに反応するので、肉腫というS病院の診断は、うなづけるものだ。

肉腫であるためか、ガン病者に反応する種々の腫瘍マーカーには、一切反応しなかった。大きさは、180mmX200mmX40mmの巨大なものだった。快医学の基本の手当(食事療法、プロポリスを加えた飲尿、アイロンによる内臓の調整、操体法等)を指導し、熱心に実行して貰った結果、一時はかなり小さく(130×110×20)なった時期もあったが、労働がきついとまた大きくなる。

96年4月には、180×245×40となって、痛みも出て来て心配したが、甲田式の生菜食の実行で、170×200×30 となり、胸部の重苦しさもとれている。

満5年を経過した98年7月LETでは、大きさ180×200×30で、いぜんとして病理写真の肉腫に反応している。彼女とのインタビューでは、朝5時30分に起きて、体操をやり、アイロンの内臓の調整は40分ほど、朝夕2回やっている。 食事は、人参ジュースと青汁に、生玄米粉。ときに胚芽米に麦を3割入れて、野菜の煮物などおかずにしている。仕事をしているので、アイロンの時間が大変だが、それ以外は特に問題はない。

ウリウ治療室がなかったら、自分は今頃死んでいるかもしれない。神様のお導きでウリウと出逢えて、生きる勇気を与えられたことを、とても感謝している。快医学を、ほかの人たちに伝えるつもりだ。
(96年11月快医学の里通信より)




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